写真左はMTC版「ワイルド・パーティー」より。 右はブロードウェイ版より。

二つの『ワイルド・パーティー』

 最近のニューヨーク演劇界ではミュージカル『ワイルド・パーティー』の話題で持ち切りだ。 同じ原作が別々にミュージカル化され、タイトルまでもを共にする二つの作品が同時期に公開されたのである。 一つの原作が別々にミュージカル化された例は今までにも『オペラ座の怪人』や『ノートルダムのせむし男』など幾つか挙げる事ができるが、今回のように同時期に初演されるというのはニューヨークでは前代未聞。 そしてネット上でも勿論、「果たしてどちらの方が面白いか?」といった事がチャットルームなどで議論されている。  

 二つのうちの一つはブロードウェイのヴァージニア劇場で、そしてもう一つはオフ・ブロードウェイのマンハッタン・シアター・クラブで上演されている。 前者は今シーズンの『マリー・クリスティン』も手掛けたジョン・ラキューザが作詞/作曲を担当、演出は『ブリング・イン・ダ・ノイズ・ブリング・イン・ダ・ファンク』のジョージ・C・ウルフが担当する。 またキャストには本年度のアカデミー賞で主演女優賞にノミネートされたトニー・コレット、『エビータ』の初演でチェ・ゲバラを演じたマンディー・パティンキン、また人気歌手アーサ・キットなどが出演し豪華な顔触れだ。 一方後者は先シーズン再演された『君はいい人チャーリーブラウン』で新曲を書き加えたアンドリュー・リパが作詞・作曲、ガブリエル・バーレが演出を手掛ける。 こちらの方のキャストはほぼ全員無名で、前者ほど豪華とはいえない。  

 原作は共にジョセフ・マーチが1928年に発表した同名の詩。 1928年のニューヨーク、ボードビルのダンサー、クイーニーが同性愛者、麻薬中毒者といったカップルや自称スペインの貴族など少し変わったゲスト達を集め開いたパーティーでの物語。 クイーニーはパーティーでブラックという男性に出会いお互い恋いに落ちる。 しかしクイーニーの愛人で道化師のバースはそれをよくは思わなかった。 ブラックとバースはクイーニーをめぐっての口論になりブラックは誤ってバースうち殺してしまう。 クイーニーに逃げるよう説得されブラックは逃走。 その後、通報受けた警察が踏み込み幕となる。

 オフ・ブロードウェイのマンハッタン・シアター・クラブで上演されている、通称MTC版は2月14日に初日を迎えた。 あまり大きな劇場、又舞台ではないが地面が四方に分かれる複雑な舞台装置、総勢24名といった豪華なキャスト数などからこの作品にかける製作側の意気込みが感じられる。 クイーニー役に大抜てきされたのはジュリア・マーニー。 役者としてのキャリアはまだ浅いが、圧倒的な存在感、カリスマ性、歌唱力と三拍子のそろった見事な演技を披露した。 ボブ・フォッシーを想わせる振り付け、ハードボイルド的演出(特に『ピピン』や『キャバレー』)がMTC版の特徴である。 もしフォッシーがいなかったならこの舞台は成り立たなかったといっても過言ではない。 

 アンドリュー・リパによる曲は聴きごたえがあり名曲揃いである。 唯一の問題は一幕ニ幕を通して登場人物の心の動きを歌った曲があまりにも多すぎる事である。 物語りが少し進行する間に何曲ものナンバーが使われテンポがやや遅く感じられる。 このMTC版ではバースを射殺したブラックがパーティー会場から逃亡し、そしてクィーニーも同じく逃亡する。 そして2人が逃走した後に警察が踏み込むといったエンディングである。 原作とは違い、多少望みを残したラストとなった。 

 ブロードウェー版の「ワイルド・パーティー」は前者に比べ一足遅れ、3月12日よりプレビューを開始した。 舞台の進行は前者と全く同じで、全体の雰囲気も限りなく前者に近い。 違う点はダンスシーンが非常に少ないということ、また幕間がなく一幕ものとなっていることだ。 またラストはより原作に近く、ブラックは逃走するもののクイーニーはその場に残り、そして警察が突入してくる。 物語りの進行や演出のテンポが遅いのに加えて、2時間20分休憩なしの上演時間は余りにも長すぎるように感じた。 特に後半は客席を立つ観客が後を絶たなかった。 作詞・作曲のジョン・ラキューザは決して心に残るようなメロディーのあるナンバーは作曲しない。 これが彼の"売り"でもあるのだが、今回はそれが裏目に出てしまい、延々と歌われる曲には退屈感を覚えた。  

 クイーニーを演じたトニー・コレットは歌手としての才能もあるのに驚かされた。 しかし全体的に動きが鈍いのが目立ち、また演技には奥深さが見出せなかった。 バース役のマンディー・パティンキンは実力はあるはずなのだが、見せ場が余りにも少なすぎた。 久々のブロードウェイ出演となったアーサ・キットも同じく出番が少なすぎ、役どころを理解できなかったのが残念だ。 しかし舞台を通しての彼女の存在感は流石であった。

 双方を観劇し、現時点での軍配は先に上演されたMTC版の方に上げたい。 MTC版は一時ブロードウェイの劇場に移動し上演されるという話もあった。 しかし結果的には当初予定されていた現在の劇場での限定公演を延長するのみとなった。 それでもこの時点でのチケット入手は非常に困難だという。 一方現在プレビュー中のブロードウェイ版には出演者や制作陣共に豪華であるため期待は大いに高まるが、現時点での出来は決して良いとは言えなかった。 これから初日までの3週間の間に何らかの手直しが加えられるのは確かなようだ。 その上で最終的な勝敗を決めたい。